るーぷる仙台バス

 もっとも手軽で便利な仙台観光が「るーぷる仙台」バスなのです。簡単に紹介しておきます。

 仙台駅西口のバスターミナルから30分間隔で、レトロなバスが出発しています。
 料金は600円で何度でも乗り降りができます。だまってそのまま乗っていると、15か所の観光地のバス停龍所を回って70分後には、元の仙台駅に着いてしまいます。
パンフレットの表紙を載せておきます。
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 観光したい停留所で降りて見学が終わったら、そのバス停で、次のバスを待てばよいのです。
お勧めの見どころは、4番目の停留所の伊達政宗の霊廟所である「瑞鳳殿」かと思います。いつでしたか名古屋の観光客もいて、尾張の殿様だって、こんなには立派なものではないよと語っていたのが印象的でした。morikouさん、先年の東北観光では、ここを回りませんでしたか。遠来のお客さんには、どこも珍しいもののようですが、お好きなところを選んで観光していただきたいと思います。
検索にて「るーぷる仙台」をさがしますと、wikiとか仙台交通局の時刻などもありますので、参考にして下さい。パンフの一部を仙台幹事長より当日早朝に到着されるmorikouさんにお渡しするようにとのことなので、忘れずに持参したとい思います。新幹線の方はバスプールにて、パンフをもらってください。
詳細なルート案内を以下に示します。
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 また、青葉城(仙台城跡)も有名ではありますが、仙台市内を一望するだけで、たいしたものではないのです。その天守台に登る直前の「石垣」が見事なのです。歴代伊達氏の総力を結集したものです。ただしバスから眺めるだけです。震災で大きく崩れたのですが、遠来の客にここを見せない手はないと、修理を急ぎ応急処置をして5月1日より急遽、バスの通行ルートを変更したのです。進行方向左側になります。

 下に4月30日の地元新聞を掲げておきます。紹介したい内容は中央部にある遊覧船写真の「松島」にも観光客が戻ってきたという記事なのです。また左上に震災の分析記事が連日掲載されています。この日は岩手県の田老町の話で、万里の長城のごとき、コンクリートの壁が出来て、安心しきっていた住民が多く犠牲者が多かったというものです。全国的にも有名になりました。
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***** 5/6 予測 仙台天気予報 (追加;morikou)

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 再追
 新しい天気予報
 ・・・色の変わったところを クリックしてください。


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# by tettan2mc | 2013-05-03 20:28  

最終下見

 19日に仙台幹事長カマさんと、最終下見をしてきました。
自分でハンドルを握らないことには、案内も何もできないので、幹事長のナビで150kmほどを運転しました。私にはめったにないことです。

 塩釜神社(奥州一之宮)
 空港から高速道路を通り、塩釜に入ります。
 急な坂道を上り駐車場です。(電車で来ると200段以上の階段)
 この時は桜が満開で、たとえようもないくらいに美しいものでした。
 最初に見える社が本殿かと見まごう、志波彦神社の建物。
 さらに奥に塩釜神社があります。
 17年毎の式年遷宮のために壮麗な建物に工事用の白いカバーをかけられていて残念。
 ゴリリャクの高い神社なのだと思う。900年頃に全国の神社1200社を網羅した書物に塩釜神社が記載されていないのだから面白い。その100年後くらいに成立した平泉政権では、これを立派な神社としているのだから元々は蝦夷の神様だったのかもしれない。その後伊達政権の時代になると、大変な持ち上がり方になってしまう。その名の通り、海水を釜でゆでて塩を取るのが神事である。
当日は本宮脇まで車の乗り入れ許可を幹事長が折衝した。

 塩釜マリンゲート
 当日昼食の場所などを確認、窓ガラスに津波到達位置が記してある。

 絶景の館
 最終人数、宴会場所、時間などを確認。

 松島国際
 プレー料金の安くなったことに驚く、かつての二分の一から三分の一になっている。

次の2mcには、仙台観光に便利な「るーぷる仙台バス」を紹介の予定です。watari記

2MBの工藤さんより庄野さん宛てにコメントが入っているようです。
 
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# by tettan2mc | 2013-04-23 16:22  

カメチャンの 体操教科書

相変わらず 他人様のネタを お借りしないと かけません。
ついでに お詫びひとつ;モアイさんブログコメントにも 晩酌8勺¥也―の勢いで阪神がどうのこうのと 書いたのを後から見て 大恥です。(この2mcブログでも同じことを10回ぐらい繰り返してる;いい加減にせんかい!!)


我流泳ぎの自慢屋 morikouです。 watariさんの コメントに 即ご返事出来ませんで
遅くなっていました。昨夜のTVで 世界選手権選考会の平泳ぎニュースを見て チョックラあせりました。
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平泳ぎは日本のお家芸・・・”前畑がんばれ”から 康介まで 延々と続いています。
でも ルールは知りません。バタフライとの混同?で 度々変更されていますね。



抵抗の少ない水中動作が 細かく規定されるのでしょうか。


我流泳ぎ自慢の 30分切りが いよいよ難しくなり 今日は30分35秒でした。前日は
気にして 最初から 50m/60秒切りで飛ばしました:結果1300mでgive up でした。

でも1500mを この50mピッチを 70秒ですと 爽快な気分で いつまでも浮いておれます。
1500mは 35分かかりますが。そのあと 続行可能です。
これも くどいですが もう一度 初心を紹介させてください。羊水育ちを味わうのが
良い所と 云っている人が 多いです。

次の けのび が出来れば 誰でも OKとか。



そして クロール手の掻きは 殆ど 力いれず 流れに任せて、足は 浮きを保つ程度に
ゆるりユルリ だそうです。

次の 画像も 何回目かもしれませんが 僕のお気に入りです。



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表題 の メインが 後になりました。

カメチャンに 健康維持の方法で こんな のらりくらり泳ぎは 効果無しですか?
との質問で 教科書2編を 送ってくれました。
これらを このブログに簡単に コピー出来ると 思っていたら 原版エクセルからの
コピーが出来ずに困りました。

従って 当稿では その一部だけを 写真で ご紹介して 詳細は 別途2mc全員
メールに 添付送付させて 頂きます。エクセル各sheetにも カメチャンのきめ細かい注書が
あります。

カメチャン ありがとうね。オイラ一人では もったいないで・・・・

原稿の一部です P1 ~ P4

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PS  東北会あとの 釜石ドライブの方々へ

これは余分おもしろ写真です。

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例のロス従兄娘の飼い犬:こうして毎日お休みとか。 at Daras home.


ついでに そのロス従兄Cpl 最後の来日とかで 帰郷途中この名古屋で 2泊、レンタルカー カロラー1500に
5人乗せて 300キロ強を 走り東北の予行演習をしました:馬力は何とかでしょうが長旅には
少し窮屈かも。 我慢しましょうか。

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# by tettan2mc | 2013-04-11 19:23  

モアイプロジェクト

 1960年のチリ地震津波での被災者へのお見舞いに、宮城県南三陸町にチリ政府からモアイ像が送られたが、今次震災により、頭だけを残して胴体は流された。現地の女子高校生たちがモアイ復旧プロジェクトを立ち上げていたところ、チリ大統領が従来のものより一回り大きいモアイ像を寄付してくれることになり東京に到着した。
 我がクラスの自他共に認めるミスターモアイ氏には、以前に仙台幹事長より詳細を連絡してあり、氏は松島クラス会終了後に、南三陸町のモアイ閣下に表敬の予定であるなどの連絡をいただいていた。
 しかし、現在は頭のみであり、新しいモアイ像が届くのは5月25日である。その前に東京そして大阪と展示されてから宮城県に入る予定なので、モアイ氏には、大阪にて拝謁されてはいかがかと思います。
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 イースター島の石材は、今や全面的に持ち出し禁止なのだそうであるが、大統領の特別な配慮があったのだろう。
 モアイ像には、いろんな謎がある。最も面白いのは、石切り場より、像自身が自分で歩いて海岸までやってきたという説なのである。数年前の民放テレビがやっていた。出来上がった像をわずかに傾けるだけで、重心が移動して、あたかも像がヨタヨタと歩くがごとき状態で動くという実験をやっていた。
 昔の人は、海岸までのわずかな傾斜と、モアイの首につけたロープを左右に引っ張るだけで、像が歩いて自分で海岸にたどり着けたというのである。
 その他の話は、紙数の関係から省略する。  今回もwatari記

新聞記事の詳細は以下のURLです。
http://www.kahoku.co.jp/news/2013/03/20130321t75014.htm
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# by tettan2mc | 2013-03-22 14:15  

Qちゃんの大槌町

 「鶴瓶のカンパイ」をご欄になった方も多いと思う。Qチャンの大槌町仮設商店街への訪問番組は心温まるものがあった。

 2年前の大槌町には何も無かった。仙台幹事長カマさんと行った際には、商店はコンビニただ一軒のみであった。いろんな仮設のお店が出来ている。利用者も沢山いるのだと思う。

 わが町には、日本最大という表現もおかしいのだが、500戸の仮設住宅と20軒ほどの仮設商店街が出来ている。開設当初は大繁盛だったが、今は勢いがなくなってしまった。どうしても街中の大型スーパーに人が流れていくようだ。

 津波による被災地には、平地が少ない。仮設住宅街も細切れになってしまう。わが町には幸いにも広い公共用地が残っていた。4万坪の更地があったので、一大仮設団地を作ることができた。

 宮城県では、石巻などの各地で復興住宅街を造成しようとして、高台の造成を始めたら、縄文時代から平安期にかけての住居遺跡が次々と出てきている。昔の人も安全な場所を知っていたのである。しかし生活に不便だからと災害を忘れた頃に再び沿岸地域に住むようになり、現在に至っているのだろう。

 東松島市では、3500年前に津波で遭難したとみられる親子の骨まで残っている。不自然な出土状況から当時の津波死亡と考えるのが妥当だろうと。

 我が町に大槌町と意外な接点を持った人がいる。小中学校で私と同級生だった男である。20年ほど前になるが、彼の息子が結婚した相手は岩手県出身だとは聞いていたが、後に知ったのだが大槌町だったのである。
 その嫁さんは、男子2人を生んだが、ほどなくして事故で亡くなってしまった。同級生夫妻が幼児を育てて現在に至り成人式も近い。今回の大震災で詳細な事実を知ることになった。というのは、その亡くなった嫁さんの実家が大槌町の海岸近くで、父親が一人暮らしをしていたそうだ。孫の成長を唯一の楽しみにしていたのだとか。今般の震災で行方不明となってから、孫と何度か大槌町に足を運んだというのである。
 私の聞いた一事例なのだが、こんな話がたくさんあるのだろうと思う。watari記
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# by tettan2mc | 2013-03-15 21:16