最終下見

 19日に仙台幹事長カマさんと、最終下見をしてきました。
自分でハンドルを握らないことには、案内も何もできないので、幹事長のナビで150kmほどを運転しました。私にはめったにないことです。

 塩釜神社(奥州一之宮)
 空港から高速道路を通り、塩釜に入ります。
 急な坂道を上り駐車場です。(電車で来ると200段以上の階段)
 この時は桜が満開で、たとえようもないくらいに美しいものでした。
 最初に見える社が本殿かと見まごう、志波彦神社の建物。
 さらに奥に塩釜神社があります。
 17年毎の式年遷宮のために壮麗な建物に工事用の白いカバーをかけられていて残念。
 ゴリリャクの高い神社なのだと思う。900年頃に全国の神社1200社を網羅した書物に塩釜神社が記載されていないのだから面白い。その100年後くらいに成立した平泉政権では、これを立派な神社としているのだから元々は蝦夷の神様だったのかもしれない。その後伊達政権の時代になると、大変な持ち上がり方になってしまう。その名の通り、海水を釜でゆでて塩を取るのが神事である。
当日は本宮脇まで車の乗り入れ許可を幹事長が折衝した。

 塩釜マリンゲート
 当日昼食の場所などを確認、窓ガラスに津波到達位置が記してある。

 絶景の館
 最終人数、宴会場所、時間などを確認。

 松島国際
 プレー料金の安くなったことに驚く、かつての二分の一から三分の一になっている。

次の2mcには、仙台観光に便利な「るーぷる仙台バス」を紹介の予定です。watari記

2MBの工藤さんより庄野さん宛てにコメントが入っているようです。
 
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# by tettan2mc | 2013-04-23 16:22  

カメチャンの 体操教科書

相変わらず 他人様のネタを お借りしないと かけません。
ついでに お詫びひとつ;モアイさんブログコメントにも 晩酌8勺¥也―の勢いで阪神がどうのこうのと 書いたのを後から見て 大恥です。(この2mcブログでも同じことを10回ぐらい繰り返してる;いい加減にせんかい!!)


我流泳ぎの自慢屋 morikouです。 watariさんの コメントに 即ご返事出来ませんで
遅くなっていました。昨夜のTVで 世界選手権選考会の平泳ぎニュースを見て チョックラあせりました。
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平泳ぎは日本のお家芸・・・”前畑がんばれ”から 康介まで 延々と続いています。
でも ルールは知りません。バタフライとの混同?で 度々変更されていますね。



抵抗の少ない水中動作が 細かく規定されるのでしょうか。


我流泳ぎ自慢の 30分切りが いよいよ難しくなり 今日は30分35秒でした。前日は
気にして 最初から 50m/60秒切りで飛ばしました:結果1300mでgive up でした。

でも1500mを この50mピッチを 70秒ですと 爽快な気分で いつまでも浮いておれます。
1500mは 35分かかりますが。そのあと 続行可能です。
これも くどいですが もう一度 初心を紹介させてください。羊水育ちを味わうのが
良い所と 云っている人が 多いです。

次の けのび が出来れば 誰でも OKとか。



そして クロール手の掻きは 殆ど 力いれず 流れに任せて、足は 浮きを保つ程度に
ゆるりユルリ だそうです。

次の 画像も 何回目かもしれませんが 僕のお気に入りです。



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表題 の メインが 後になりました。

カメチャンに 健康維持の方法で こんな のらりくらり泳ぎは 効果無しですか?
との質問で 教科書2編を 送ってくれました。
これらを このブログに簡単に コピー出来ると 思っていたら 原版エクセルからの
コピーが出来ずに困りました。

従って 当稿では その一部だけを 写真で ご紹介して 詳細は 別途2mc全員
メールに 添付送付させて 頂きます。エクセル各sheetにも カメチャンのきめ細かい注書が
あります。

カメチャン ありがとうね。オイラ一人では もったいないで・・・・

原稿の一部です P1 ~ P4

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PS  東北会あとの 釜石ドライブの方々へ

これは余分おもしろ写真です。

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例のロス従兄娘の飼い犬:こうして毎日お休みとか。 at Daras home.


ついでに そのロス従兄Cpl 最後の来日とかで 帰郷途中この名古屋で 2泊、レンタルカー カロラー1500に
5人乗せて 300キロ強を 走り東北の予行演習をしました:馬力は何とかでしょうが長旅には
少し窮屈かも。 我慢しましょうか。

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# by tettan2mc | 2013-04-11 19:23  

モアイプロジェクト

 1960年のチリ地震津波での被災者へのお見舞いに、宮城県南三陸町にチリ政府からモアイ像が送られたが、今次震災により、頭だけを残して胴体は流された。現地の女子高校生たちがモアイ復旧プロジェクトを立ち上げていたところ、チリ大統領が従来のものより一回り大きいモアイ像を寄付してくれることになり東京に到着した。
 我がクラスの自他共に認めるミスターモアイ氏には、以前に仙台幹事長より詳細を連絡してあり、氏は松島クラス会終了後に、南三陸町のモアイ閣下に表敬の予定であるなどの連絡をいただいていた。
 しかし、現在は頭のみであり、新しいモアイ像が届くのは5月25日である。その前に東京そして大阪と展示されてから宮城県に入る予定なので、モアイ氏には、大阪にて拝謁されてはいかがかと思います。
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 イースター島の石材は、今や全面的に持ち出し禁止なのだそうであるが、大統領の特別な配慮があったのだろう。
 モアイ像には、いろんな謎がある。最も面白いのは、石切り場より、像自身が自分で歩いて海岸までやってきたという説なのである。数年前の民放テレビがやっていた。出来上がった像をわずかに傾けるだけで、重心が移動して、あたかも像がヨタヨタと歩くがごとき状態で動くという実験をやっていた。
 昔の人は、海岸までのわずかな傾斜と、モアイの首につけたロープを左右に引っ張るだけで、像が歩いて自分で海岸にたどり着けたというのである。
 その他の話は、紙数の関係から省略する。  今回もwatari記

新聞記事の詳細は以下のURLです。
http://www.kahoku.co.jp/news/2013/03/20130321t75014.htm
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# by tettan2mc | 2013-03-22 14:15  

Qちゃんの大槌町

 「鶴瓶のカンパイ」をご欄になった方も多いと思う。Qチャンの大槌町仮設商店街への訪問番組は心温まるものがあった。

 2年前の大槌町には何も無かった。仙台幹事長カマさんと行った際には、商店はコンビニただ一軒のみであった。いろんな仮設のお店が出来ている。利用者も沢山いるのだと思う。

 わが町には、日本最大という表現もおかしいのだが、500戸の仮設住宅と20軒ほどの仮設商店街が出来ている。開設当初は大繁盛だったが、今は勢いがなくなってしまった。どうしても街中の大型スーパーに人が流れていくようだ。

 津波による被災地には、平地が少ない。仮設住宅街も細切れになってしまう。わが町には幸いにも広い公共用地が残っていた。4万坪の更地があったので、一大仮設団地を作ることができた。

 宮城県では、石巻などの各地で復興住宅街を造成しようとして、高台の造成を始めたら、縄文時代から平安期にかけての住居遺跡が次々と出てきている。昔の人も安全な場所を知っていたのである。しかし生活に不便だからと災害を忘れた頃に再び沿岸地域に住むようになり、現在に至っているのだろう。

 東松島市では、3500年前に津波で遭難したとみられる親子の骨まで残っている。不自然な出土状況から当時の津波死亡と考えるのが妥当だろうと。

 我が町に大槌町と意外な接点を持った人がいる。小中学校で私と同級生だった男である。20年ほど前になるが、彼の息子が結婚した相手は岩手県出身だとは聞いていたが、後に知ったのだが大槌町だったのである。
 その嫁さんは、男子2人を生んだが、ほどなくして事故で亡くなってしまった。同級生夫妻が幼児を育てて現在に至り成人式も近い。今回の大震災で詳細な事実を知ることになった。というのは、その亡くなった嫁さんの実家が大槌町の海岸近くで、父親が一人暮らしをしていたそうだ。孫の成長を唯一の楽しみにしていたのだとか。今般の震災で行方不明となってから、孫と何度か大槌町に足を運んだというのである。
 私の聞いた一事例なのだが、こんな話がたくさんあるのだろうと思う。watari記
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# by tettan2mc | 2013-03-15 21:16  

災害とNPO

 今やNPO法人は星の数ほど出来ている。中には詐欺まがいのNPOだとか、黒いNPOが新聞を賑わしている。大震災を機会にして出来た任意団体がNPO化する例も多い。

 NPOは誤解されることも多いが、必ずしもボランティア団体ではない。働く人の給料くらいは出せなければならない。金銭の出入りがあるので、きちんとした会計報告も必要だ。震災寄付金の受け皿として設立されたようなNPOもあり、こういうのは比較的楽であるが、それなりの成果を出すのに苦労している。

 今回、私が係ったのはわが町の臨時災害FM放送局をNPO化することに関してである。大津波を受けた沿岸地域では各市町村毎に政府の援助もありFM放送が立ち上がった。
 一度、これらの放送が定着すると、当事者にとって今度は止めるに止められない。勢いNPO法人化して地域コミュニティ放送としての継続を、ということになる。
 神戸でも阪神淡路大震災以降に同様の放送局ができているが、都市規模が違いすぎるので、あまり参考にはならない。

 NPOを立ち上げること自体はさほど困難なことではない。マニュアルまであるが、多少の力仕事(時間がかかる)である。定款などを、その事業体に沿って文言を練り直してゆく。

 書類は、宮城県の場合、全部で15種類ほどがある。
 大変な労力を要したが、先日設立総会を終えた。細かいことが沢山あるが、NPOの大変さは設立以降の資金集めにあるようだ。人口3万5千人規模の町で必要な資金が得られるのか、これからが試されている。ちなみに、全国でこれまでにNPOの70%は資金が続かずに閉鎖状態にあるのだという。

 岩手県大槌町の隣である山田町では、北海道から入り込んだNPO「大雪」が巨額の使途不明金を出した。町がいいように食いものにされてしまったかのようだ。地元の新聞に詳細がでていた。

 仙台でも、災害復興のいろんなNPOが設立されている。市長もこれを当てにしたような発言もある。もちろん多額の補助金が出ていることは言うまでもない。

 震災より2年、ガレキは殆どなくなりつつあるが、復興がすすんでいるとは言い難い。何も無くなった海岸の街をみて、何も知らない人は、元からこんなところだったのかしらとなってしまう。
 以下はmorikouさんのコメントへと続く。        watari記。
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# by tettan2mc | 2013-03-01 12:08