マー君、161億円

「その金額を受け入れたことに敬意を表する」、2年間で44億円をマリナーズから受け取ったイチローらしいコメントである。その重圧は大変なものだったらしい。

 何十年も前に、巨人がジョンソンという期待の大きかった外人を入れた、だが打てなかった。スポーツ紙に「一億円の虚砲ジョン損」などと書かれた。本人はもちろん読めないが、評価のほどは耳に入っていただろう。悩む姿があった。

 楽天球団にも20億円が転がり込んだ。球場の大幅な改装費に充てられるそうだ。マー君をドラフトクジで引き当てた当時の球団社長の功績か、野村監督の指導がよかったのか、はたまた浪花節的投手起用で評価を高めた星野監督なのか、いずれにしても想像以上の大物に育った。

 仙台・苫小牧・伊丹の名誉市民になる可能性もある。ニューヨークでもそんなことになったら愉快なことだ。伊丹市昆陽里公園にマー君最古のサインがあるそうだ。我々の短大とも近い。50年前にもしかして、その辺りを散歩していたかもしれない。

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 我々の原点とも言うべき本があった。町の図書館に頼んでみたら有難いことに購入してくれた。
 百年前の製鉄産業のことが主な記述で、イギリスが当時では、最先端の技術と富をもちながら、何故鉄鋼業でドイツ等に後れをとったのかなど、現在の日本IC産業などと併せ見ると歴史とは面白い。
 著者は初山高仁という若い学者である。東北大学出版会が援助して発刊された。
 産業史という学問分野があることさえ知らなかった。

 このブログ管理者に断りなく、更新してしまいました。ゴメンナサイ。

               watari記

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# by tettan2mc | 2014-02-05 21:10  

楽天イーグルス やりました !

2013年日本シリーズ 第7戦で決着が つきました。
毎日 毎日(回) が しびれる 7回戦でした。

東北 イーグルス おめでとうございます。

ともかく 昨日の決戦を youtube より 再現。




既に watariさん、moaiさんの ブログがでています。
感動の台詞は 2mc代表の お二人に 任せます。


第6戦で 仏様/田中 で 敗れたましたが 最終決戦で 伝統の
巨人ジャイアンツが 必ず勝つとは 思いませんでした。
僕は あの楽天 左バッター人に 期待してました。
マアー君の 連勝大記録も 何処かで切れるわけで このシリーズ
も1勝1敗、 けじめもついて 良い?機会だったかもしれません。
その仏様が セーブで 胴上げ投手にもなったのだから もう一つの
オドロキ です。

”やりました ! 東北楽天イ-グルス万歳 !! ”


○HK ニュースの 一場面をお借りしまして もう一度 感動場面を
味わってみましょう。

(例によって 雑駁な 編集になりました。)



2mc会合が 今年5/14 松島にて 開催されたのも 良き思い出
として さらに引き立ちました。
ジャイアンツファンの 前幹事長 アオチャンだって 今回のシリーズ
結果は 満足してくれていると 思います。また カメチャン コメントにも
近くの巨人ファンである人の感想も記されていました。

上記 動画には 2mcの皆さんを 長いこと ブログ でつないで
下さっている watariさんこと 仁さんの 地元;野球少年の活躍も 
写っています。



プロ野球面白さ、すごさ である もう一つの ニュースが 鉄の
カーテンとも云われた 9連覇の 川上監督の逝去が 報じられました。
選手として活躍時の写真の一枚が 赤バット川上選手。青バット大下選手
・・・我々 戦後の小学生唯一の娯楽を与えてくださいました。

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大きな話題 もう一つありました:ボストンレッドソックスの 胴上げ投手
上原選手も大活躍が うれしいニュースでした。


 --下手くそな編集morikou 終わります。--
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# by tettan2mc | 2013-11-04 22:25  

第四回2MC松島クラス会(7)

鎮魂の旅 その2


東北沿岸 鎮魂の旅 続きが随分と 遅くなりました。




(スライド説明:タイトルは鎮魂22となっています)

釜石市に入り 冒頭の写真#1;休憩所へ 入りました。 

此処で 運転手を とうさんから 御案内の 校長先生に 代わって
もらいました。
 
峠を越したら すぐに海が見えてきた。
これが釜石湾だそうです。三方山に囲まれて湖のような感じです。
そしてすぐに 先生現役の学校に立ち寄りしました。山の中と思っていたら
なんと海抜0 メーターとか?
 
此処は 震災にて 市南に統合された方の訓練学校で 当時勤務されて
いた学校は 市北(大槌町との境)にあって 今は 影、形は無いのだそうです。

そして前方が開けてきて 山の上に観音像が 姿を現しました。
震災の町(釜石)に入り 目に入った最初の姿に自然に手を合わせました。

時刻も 6時過ぎになり 釜石製鉄所を よこに見ながら ホテル到着。
此処で 校長先生も ホテル泊に お付合い頂き 小宴会、部屋での
2次会と 震災時のお話を伺いながら・・・夕べの続きを 夜中まで続けました。


明朝(16日朝)9時過ぎホテルを出発。

釜石製鉄所は morikouのみが 初見学。堺や水島等の臨海製鉄所のイメージとは 
全く違う感じ・・・四方が山に囲まれてる。

そして 製鉄所内の小高いところにある 鉄の歴史館 へ案内して頂きました。
日本最古の高炉発祥地、釜石の特徴をきめ細かく 展示されています。
説明の一部 コピーを スライド(8)の次に 掲載しました。画面ストップで 
拡大してみてください。
歴史館から見る 今朝の釜石大観音は 少しばかり霧の中でした。

スライド #9,10が 先生の勤められていた市北に位置する訓練校周りの被災地
だそうで、ガレキの山以外には何も見えない原っぱ? でも良く見ると 家々の
基礎だけがその中にあります。

クライマックスは#11,12の2枚。震災直後 カマタ幹事長、仁さんが訪問された時の 
報告文書で表現をお借りします。

  {運転中に津波が見えたので、近くの高台に
   避難すべく、狭い道路のS字カーブを目いっぱい踏み込んで登
   ったそうです。ほんの数秒差で助かったと。
   彼の後ろを走っていた車は、一台も付いて来なかったと言う話
   ですから、運転中の緊張度合は限度ギリギリではなかったかと
   思われます。当日は山頂にある祠に入って一夜を過ごし、翌日
   朝やや遅く家へ帰ったとの事です。}・・・11-04-10ブログ抜粋。


われわれも その道に案内してもらい その中腹から 呆然とその津波風景
を見ていたという空き地の写真です。


その後 校長先生宅も訪問させて頂き #13の復興食堂で 昼食。

あの大槌町長さん他が公務中になくなられて町役場は そのままの姿で 
据え置かれていました。

震災の厳しさがこの全般の 画面では充分に伝わりませんが 
今なお なんとも言葉にならないものでした。


お忙しい校長先生と大島高任像のある 公園まで見送っていただき 
花巻空港へ向かいました。

********
鎮魂の曲;レクイエム というのを morikouは 初めて知りました。
この震災後に多くの交響楽団で演奏されてるのをみて日本語も横文字も 
知ることが出来ました。
You-tubeで見つけた 一つを 貼り付けて ブログの終わりにします。


 「モーツアルト 鎮魂曲「怒りの日」 7’00” より」





*************** by morikou
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# by tettan2mc | 2013-07-22 19:23  

第四回2MC松島クラス会(6)

鎮魂の旅 その1


東北幹事連に お世話に頂き ながら 14日は 楽しい会合が

終わりました。 翌朝 大きくは ゴルフ組み と 三陸海岸 北上組

とに 分かれて それどれ 出発。

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ゴルフ組 メンバー

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そして レンタカーによる 三陸 北上組の 記録(スライド)を

2回に分けて 掲載 いたします。

名づけて 「鎮魂の 旅-1」としました。

1号車 moai 運転チーム 、 2号車 konjo チームの運転手はとうさんです。

(題名の 名づけはとうさんです。)


概要は15日 am10時に 松島海岸駅出発 、~石巻~南三陸 ~気仙沼

(此処で 1号車は 中尊寺へ 2号車は 釜石を目指し お別れしました。)

2号車を 紹介; 以後  ~ 陸前高田 ~大船渡市 ~釜石に向かいました。

前編その1 を どうぞ !




その1 として 釜石到達までの 写真集です。

紹介の割には 編集要領が お粗末です、かつ 音声も入れること出来ません

でした。 

ご案内は 校長先生に お願いしました。その節は 色々有難う !

尚 画面を静止の時は ストップマーク を 押してください。 


              by morikou
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# by tettan2mc | 2013-07-06 22:31  

第四回2MC松島クラス会(5)

一年前には、ご案内状を差し上げ・・・・・・
二日前には山菜取りにでかけ、シドケ・ウルイ・・・・
本日は、松島のスーパーから調味料を調達してまいりました。
家事有段者の仙台幹事長、ゴクロウサマでした。
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10秒の差異で命を拾いました。後に続いていた人たちはのみこまれたのです。
津波の波頭をまじかに見たのです。
現場にいた人でなければ語れない大槌町ミナト幹事のお話にただ涙です。
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皆さんに渡されたカメチャンの焼き物、
被災地でも大好評です。
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台湾のソネチャンよ。
オレもエジプトで工場を立ち上げたよ。
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北海道ではお世話になりましたね。
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日々にカミサンのゴキゲンをウカガイながら暮らしてます。
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仙台銘酒はもちろん各地の酒を準備していた幹事長
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皇太子が日本・スペイン修好400周年記念行事に出席のため出かけました。
その1613年に出発したサンファン号です。(復元船)
morikou様ご一行8名がこれを望見した。(近くに寄ると大きな船だ)
180人の日本人を詰め込み、数十名のスペイン船員と共に太平洋を横断。
メインの帆柱は直径1mもあり、今はクレーン作業だが、当時はどうしたのか謎である。
欧州に到着後そのままスペインに居残った伊達家臣も多くおり、その子孫のハポンさんたちとも皇太子は面会予定とか。
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津波で打ち上げられた現代の350トン漁船
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気仙沼の仮設商店街にてご一行様。
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総幹事長からの写真を拝借しながらのwatarii記です。
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# by tettan2mc | 2013-06-10 16:57