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松島のこと(4)

 世界遺産に登録されると、宣伝効果は極めて大きいのだが、松島の如く広範囲に及ぶと、そこに生活している住民は、大変な制約条件を受けてしまう。(漁業、その他)
 このため数年前には、世界遺産への申請を見送った経緯がある。

 その時に、奥松島の「貝塚」のみで、世界遺産申請ができなかという話が持ち上がった。世界最大級の貝塚があるのだ。何しろ、松島湾岸と島を含めて70箇所もの貝塚が存在する。
 7000年前の縄文時代から、3000年前の弥生時代まで4000年間もの貝塚層があるというのも世界では珍しい。縄文時代にも人間が住みやすかった土地のようである。
 松島名産は「カキ」である。現代でも殻付きのままで直接焼いたものが最も旨い。縄文人も全く同じものを食べていたのである。その他の貝も同様である。現代は大規模な養殖であるが、当時も天然のカキが十分にあったのだろう。

 縄文時代の食というのは、山の中に入ってしまうと、栗を除いては、極めてまずいものだったようだ。30年も前に私は会社の人達と岩手県金ケ崎町へゴルフツアーをしたことがあった。その時に旅館からサービスですと言われて、縄文時代の人も食べていたという、ダンゴを出された。それを口にした我々は、これは何ですかと、顔を見合わせた。味もそっけもない。塩なども無いのだから当然のことなのであろう。山中での食生活は貧しいものだったのだろう。従って縄文人は海岸に集中したのだろう。
 河口などで、芦やヨシの生い茂る低湿地も古代人には住みづらかっただろうし、松島湾は格好の地だったのである。

 わけても、松島湾は波静かであり、浅い。これほど適したところはなかったと思われる。最大の貝塚がある宮古島では、外海ではなく内海に向けた場所にある。好条件この上ない。

 現代人は、つもりに積もった貝塚の上の地層で農業を営んでいる。これだって世界遺産に指定されたら、生活上困る人がいる。これまた見送られた。
 現在は、縄文記念館とか、里浜貝塚村などという名称で、小学生などの勉強の場である。

 松島湾は、一万年前から、ほとんど地形が変化していないことでもしられている。良い景色を眺めながら暮らしていたのである。同じ宮城県でも私の住んでいるところは、海岸から6kmの距離だが地面を1mも掘り進むと砂地になっている。これは5000年前には海の中だったが、阿武隈川から排出される土砂が積もり積もって、現在の如くなったのである。海岸はずっと先になってしまい津波もここまでは来なかった。

 松島湾は、これに流れ込む川が、全く無いことも面白いことである。
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by tettan2mc | 2012-09-01 16:05