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松島のこと(3)

 徳川家康を祀る日光東照宮に伊達政宗が寄進した有名な「鉄灯篭」がある。ポルトガルの鉄を溶解し鋳造したものである。奇抜なこをするこで知られた政宗であるが、当時の技術では鉄の融点が青銅などに比べてはるかに高く湯流れも悪いので非常に難しいものだった。
 その試作品らしきものが、松島瑞巌寺にある。灯篭の下の部分が鉄で上の部分が青銅の奇妙なものである。いろんな解釈がなされている。本番の灯篭を作るのに原料となるべき鉄が足りなくなるので、下の台座のみを試作した。別の解釈では東照宮と同じものがあったが、海岸が近いので潮風に当たり上の部分が腐ちてしまい、青銅で継ぎ足したなど。私もしばらく実物をみていない。

 その灯篭の近くには、これまた政宗が秀吉の朝鮮出兵の際に持ち帰った、臥龍梅という400年以上の樹齢をもつ地を這うような巨木があり、節の頃には紅白の花を咲かせる。松島観光名所の重要なポイントにもなっている。

 わざわざ、ボルトガル鉄を使ったことにも、いろんな解釈がある。当時は現在の宮城県でも鉄を産出していたからである。単に純度や湯流れの関係なのか。はたまた幕府への当て付けだというような説もある。
 政宗が南蛮貿易を企てヨーロッパに派遣した支倉常長の壮挙が、キリシタン禁令と鎖国によって水泡に帰したからである。東照宮の灯篭には、支倉家の家紋が隠されているという珍説まである。

 しかし、政宗が幕府老中に出した書面では、恐れ敬って奉納する様子が記されている。121の大名家がそれぞれの灯篭を寄進している。鉄灯篭は最も目に付く陽明門の下にある。

 政宗は、山形県米沢市に生まれ福島県の中通りを中心に武勇を奮っていたので、初めて海を見たのは20歳を過ぎてからで、相馬軍を破り亘理郡の海岸にでた。広大な海を見てどんな胸中だったろうかと思う。高台に政宗が腰掛けた大きな石がある。

 そんな政宗が今度は世界を股にかけるのだから並みの感覚ではない。奥州王であることを名乗った書面を支倉常永に持たせた。場合によってはイスパニアの無敵艦隊を引き寄せて天下を狙うことも考えていたらしい。現在もスペインにはハポンと名乗る当時の常長配下の侍の子孫が多数いるようだ。本当かどうかDNA鑑定も計画されているらしい。
 海外には果てしない夢を持っていたようだ。菩提寺には海に近い松島瑞巌寺を選んだのも何となくわかる気がする。
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by tettan2mc | 2012-08-15 22:31